すっかり忘れていたのだが・・・
小学校の入学準備をせねば!
という事で、学童と小学校の準備を開始。夫に校長へ電話を入れてもらう。体験入学をすっかり失念していた。すまない倅・・・
学校も学童も定型発達児の場所だ。娘が以前通っていた。
娘を知っている先生もまだ少しいて、その点も安心感がある。校長先生も同じ人だ。
発達障害児や身体障害児、また移民や難民の子供も入った少人数で構成されている特殊学級も昔はあったが、今はもうないらしい。
なので、普通のクラスでの加配をお願いする予定にしていたが、療育園とのいざこざと、加配そのものがなかなか決まらない理由とで、結局キャンセルにした。
そして夫は校長に加配を取り止めた件も話したらしい。校長は元々現在の教育システムに疑問を感じている人のようで、夫とも気が合っていたから、夫の話を受けて
「準備は一応していたが、キャンセルしたのであれば了解した。大丈夫です。もし何かあったら、その時に考えましょう」
と言ってくれ、倅の入学を喜んでくれているようだった。学校に関しては、毎週土曜日に通っている日本語補習校で授業中に何をするべきかを把握しているし、勉強面に関しては、それほど問題はないが、問題なのは社会性欠如であり、その為、寧ろ学童の方が心配ではあったが、こちらも取り敢えず、決まったので様子を見ながらやっていくしかない。
小児科の男の先生と娘の二度目の肺の検査で行った際に、今回の話になり
「社会福祉事務所から電話が入り、自分が話した。娘さんが赤ちゃんの頃から良く知っている。親は二人共教育熱心で、病気や怪我をしたら必ずここに来るし予防接種や検査は絶対に忘れない。愛情を持って子供達に接している」
と言ってくれたらしい。ありがたい・・・
病院管轄の社会福祉事務所の所長も、私達に力添えをしてくれると約束をしてくれた。味方になってくれる人がいる事は、本当にありがたい。
2019年7月27日から9月6日迄家族全員で日本に帰国していた。
夫はいち早くドイツに帰り、メールで社会福祉事務所が送ってきた文書を送ってくれた。
ドイツに戻ってから改めて読み返してみた。
医師やセラピストの証言を受けて、どうやら強制的に保護する旨を取り下げる事になったらしい。
家庭訪問をする理由として、加配をするべきかどうかの見極めとなっていた。
どうしても加配をつけたいらしい。
そして担当者を所長ではなく、他の人に変更となっていた。風の便りで、所長は今回の件で左遷させられたという事だった。
日本帰国は倅にとって、とても有意義なものだったようだ。
ドイツに戻る何日も前から「帰りたくない。日本にずっといたい」と嘆いていた。そしてドイツに戻って暫くの間は日本が恋しくて泣き、慰めにグーグルマップで祖母の家を検索していた。
「もしかしたら過去のお婆ちゃんに会えるかもしれないから」
と殊勝な事を言う。日本にいた時は祖母に減らず口を叩いて、よく叱られていたのに。母に話すと嬉しそうに笑っていた。
やはり親戚というのは大事なんだなあと思う。
倅や娘に居心地の良い場所が一つでも多いと、やはり子供の精神状態にも良い影響を及ぼす。実母は、二人と一緒によく笑い、同じ共通点を沢山作る事に成功した。勉強を見たり歌を教えたり、一緒に何処かに行ったり。
そういえば、最近まで外出先ではドイツの祖母とは絶対に並んで座らない娘だったが、私の祖母とは好んで並んで座っていた。理由は「日本のお婆ちゃんは優しいから」だそうだ。
義母の前では余りしないおふざけも、日本では大叱られされても止まず、大騒ぎしたり泣いたり笑ったりしながら過ごした。こういうのが子供には大切なんだろうな。
そこから信頼関係が生まれるんだろうな。