ちりやま日記

ドイツで子育てのあれこれ、本やドラマや動画の感想等を綴っていきます。

クイズです。

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※※注 本当はマスクしています。

 

娘はチェス部に所属しているが、毎週水曜日にあるチェス部の活動も、コロナの影響で希望制になってしまった。

今日のチェス部は、娘1人しか行かなかったらしい。顧問の先生と2人でチェスをして楽しかったらしいが、顧問は娘が行くまで寂しい思いをしただろうし、たった1人の生徒であっても嬉しかったのではないか。

 

学童にはチェス部に所属している『先輩』がいる。

その先輩に娘が出したクイズの答えは

ドイツ語ではチェスの駒のポーンをBauer(農民)、盤をFeld(畑)、ナイトをSpringer (騎手、騎士)という。

つまり、白のナイトがポーンを取ったので、答えはチェスの駒取りとなる。

 

クリスマス休暇が例年よりも少し早めになった。

その前に試験尽くしになり、更には宿題もかなりの量をこなさねばならない。

 

バイエルン州はマイクロソフトTeamsを導入しつつも、オンライン授業を極力避け、分散登校をしたり、課題をTeamsに入れるなりして対処しているが、問題は多い。

家にPCやプリンターがない家庭もあるし、第一、教師がTeamsを使いこなせる人ばかりではないからだ。

Teamsは重いので、どうしても中古のパソコンだと耐えられなくなってしまい、動かなくなり授業参加や課題を入れるどころではなくなってしまう。

結局はそんなこんなで、以前からちょくちょく使っていたツールに戻ったり、teams内にいれる課題がどこを開いたら良いのか分からなくなったりと、余計な手間がかかるようになってしまっている。

また任意といえど、マイクロソフトに個人情報が渡る事に拒否反応を覚える人も少なくない。

 

教育現場は相変わらず混沌としているようだ。

便利なようで一筋縄では行かないオンライン授業の弊害か、成績が下がっている子供がとても多くなってきている。

更には集中力が切れ、疲れやすくなったり切れやすくなり、サイバーモッピングでクラスメートを傷付けたり、コロナ禍で家に閉じこもっている事が多くなり、自殺する子供も増えてきているという。

 

余談だが、先週は、倅の小学校でコロナテストが行われた。

無差別に選んだ子供(親の任意を事前に取っている)30名がテストを受けた。週末に出た結果によると、倅の隣のクラスの子供が1人、陽性者が出たらしい。そのクラスは当分は自宅待機となった。

幸いにして倅のクラスからは陽性者は出ていないものの、明日は我が身である。

倅は秋にも小児科でコロナテストをしたばかりなのに、また選ばれてしまっていた。

大丈夫だと思いつつも、判定が出るまでは、少し気を揉んでいた。結局は陰性だったが、どうも彼はこういうものに、何故か昔からよく当たってしまうようだ。

次回は1月にコロナテストがあるらしい。

次は他の子供が受けるだろうが、クリスマス休暇を挟むので、もっと感染者が増えているんじゃないかと危惧している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリコプター親子の話

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4桁の数字(年代)への拘り

さてヘリコプター親子の話をしたい。

毎回、何かしらあると、あちらから電話が入った。しかし、大抵は、喧嘩両成敗というか、子供同士、仲が悪いというだけのようで、一方的に自分の子が加害者でも被害者でもない。

しかし、先方は全くそれを理解できない様子だった。

 

彼女から電話があったら、常に学校に報告した。

いつも向こうから文句の電話がかかってくるので、その翌日は必ず学校に赴き、詳細を担任に尋ねた。こうする事で、言い分を客観的に見る事ができると思ったからだ。

事実を確認した上で、謝罪が必要と判断した場合は、きちんと頭を下げた。

そして倅には、「仲良くできないならば、距離を置け」と毎回話した。

 

コロナ禍で分散登校を一時期していた頃は、距離を置けていると思いきや、向こうが絡んできて、相手にしない努力をしている倅に対し、負け犬の遠吠えの如く、悪口を言っていたようだ。

倅が逃げた拍子に、開いていたランドセルから水筒が飛び出してしまい、それを拾わずに足で蹴って飲み口部分を壊された時には、流石の私もブチ切れた。

この子供は、倅の学童の上の階の学童に行っているので、そこに行って、直接本人に実物を見せて聞いてみた。すると正直に自分がやった。謝ったら倅君は許してくれた、と言っていた。

納得できなかったので、母親と遂に対峙した。

 

この母親は、この件について謝罪をし弁償すると言ってきた。別にそこまでして欲しいわけではなかったが、うちだけが一方的に責められるのは腑に落ちなかったので、実物を見せたのは良かったと思う。

それからドイツ語で延々、自分の息子を叱っていた。

彼女自身はトルコ移民の2世か3世だろう。トルコ訛りのドイツ語ではあるが、自分の子供にドイツ語で叱るあたり、(私の手前もあるかもだが)子供はトルコ語よりもドイツ語の方が強いのかもしれない。

色々な事を禁止させても、ちっとも良くならないと嘆いていた。

翌日になって、壊れた水筒は何処で買ったのか教えて欲しい。という連絡が入ったので、夫が

「そこまでする必要はない。男子ならこういう事はよくあるから」

と話し、取り敢えず、一件落着した。

 

ここで男親が登場するのも良かったかもしれない。

クレームではなく、弁償しなくても良い。お互い様なんだから。1年間妻から話を聞いて、学校にも連絡を取って様子を見てきたが、男の子という生き物は元来荒っぽいものなんだから、余り神経質になる必要もないのではないかと夫が毅然とした態度で出たのもあり、向こうはたじろいでいた。

 

もしあの時、私と倅に会わなかったら、絶対に自分の息子が他の子供に何をしたのか知らなかったのではないか。

逆の立場だったら、絶対に確実にこちらに弁償させるように電話してくる筈だろうし。

また、こちらが

「そちらから電話があった時は、常に担任に報告して、真実はどうなのか聞いている」

と話した事で、彼女は相当度肝を抜いたようだった。

後になって、

「これは親同士で解決したから、学校に連絡する必要はない」

と言ってきた。

まさかそんな事を私達がしていたとは思いもよらなかったのだろう。

担任も私達から、ヘリコプターママが言っている事が事実なのかを尋ねてきたとは話していなかったようだ。つまり、自分の息子は常に被害者で、うちの倅が加害者だという構図が、彼女の中には出来上がっていたのかもしれない。

 

しかし、そんな親の思いとは裏腹に、子供は相変わらず、絡んできていた。

それで私は倅に提案をしてみた。

「ヘリコプターママの息子の幸せを祈ってみようよ」

倅は目を丸くして、

「そんな事をしたら、仲良しになってしまうよ」

と言うから、それで良いんだよと話した。

「お母さんは、ヘリコプターママの幸せを祈るよ。そうしたら、喧嘩ではなくて戯れ合いに変わって、倅君も彼もきっと過ごしやすくなるんじゃないかな」

倅は少し考えていたが、それから頷いた。

 

人を嫌うことより、好きになる方が難しい。

嫌いな人の幸せを祈るより、不幸を願う方が、余程簡単であろう。

しかし、それでは解決にならない。

相手は自分の鏡ならば、自分が変われば、人も変わるのではないか。

 

綺麗事だと笑われるかもしれないが、倅と私は、その日から本気で、この親子の幸せを祈った。

言霊というのが日本にはある。

毎日一回、必ず声に出して「ヘリコプター親子が幸せになる」と2人で言った。

その結果、今では休み時間に大きなトラブルもなく、遊べるようになってきた。

更には他の子供達とも一緒にサッカーをしたり、図書室でシリーズ物の本を借りたりもできるようになった。

 

勿論、新学期が始まった当初は問題があった。倅も

「お前がやったら、倍返しにしてやるぞ」

と半沢直樹ばりに威嚇したり、

「どうして僕に絡むんだ? 君のお母さんは、仲良くできないなら、距離を置けって言わなかった?」

と冷静に応戦もした。

元担任が育児休暇に入り、代行教師がそのまま担任になった時に、まだ絡んでくるようだったので、倅から頼まれたのもあり、ヘリコプターママの息子の名前を告げずに、

「どうも相性が悪い男子が1人いるようだ。休み時間に、こういう事をされたらしい」

と話したのも良かったのかもしれない。先生が見た時に、ガツンと注意をしてくれたようだ。

 

倅は元来、1人でいる事に孤独を感じていないので、今でも時々1人で遊んでいるようだが、喧嘩になるよりはマシだと、自分自身が判断しているようだ。

私も娘も、ぼっちが大好きだから、貴方が寂しくないなら、それで良いよ。と話している。

 

私が子供達に望むのは、1つでも多くの居場所があること。1人でも多くの味方がいる事だ。

友達は今は必要ない。

子供のペースで、きっと何処かで必ず、自分に合った本当の友達ができるだろうから焦る必要はない。

それまでは、居心地の良い場所が1つでも多くあって欲しいし、1人でも多くの人が子供の味方になって欲しいのだ。

 

 

 

 

ヴァイオレット・エヴァガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-

制作 京都アニメーション

配給 松竹

封切り日 2019年9月6日 

90分

 

この映画は美しい。

 

愛を知らずに育ち戦闘人形になった少女が、戦争で両手を失い、その後代筆屋である自動手記人形となって、沢山の人々の想いを手紙にする。

様々な形の愛の代筆をする主人公。

 

今回向かった先は、貧困から急に令嬢になった少女がいる女学校だ。

家庭教師として3ヶ月、この少女と寝起きを共にする。その内、気心が知れるようになり、少女は自分の生い立ちをヒロインに話すようになる。

少女には血の繋がっていない妹がいた。

この妹の安定した生活を保障してもらう為、令嬢になる決意をする。

 

血が繋がっていても親子ではない少女と父親。

血は繋がっていなくとも、世界の何処かで繋がっている姉と妹。

それを繋げるのはヒロインの「手紙」とそれを配達した郵便配達の思いだった。

 

映像も音楽も、そして演者一人一人が素晴らしい。

今回、特に唸ったのは、妹役を演じた悠木碧さんだ。

彼女は、こういう役を演じたらピカイチなんじゃないか。

幼い子供の役がとても上手い。しかも幼い故に上手く話せない、舌足らずな感じが非常によく出ている。

「ねえねの思い出は忘れてしまったけど、手紙は残っている」

という言葉が心に残る。

 

『ヴァイオレット・エヴァガーデン』は希望がある終わり方で、いつも静かな感動がある。

メールが主流になりつつある現代、せめて年賀状やクリスマスカードは手書きで書いてみるのも良いだろう。

遠方に離れている親や兄弟や、仲の良い友達の顔を思い浮かべながら書く。

手紙を送る相手が存在する喜びを思い出した。

 

 

 

 

アドヴェントカレンダー

 

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我が家のアドヴェントカレンダー

さて今日は待ちに待った(子供達が大好きな)12月だ。

倅は昨日から、ずっと

「ペーターハンゼルが来るかな」

を連発していた。

 

ペーターハンゼルは、夫が倅の為に作ったサンタのお付きの妖精で、倅の為にプレゼントを運んでくる。いつも望遠鏡で倅の行動を見ているから、この期間だけは、倅はお利口さんになる。

因みに娘の担当はアナレナという妖精らしい。(娘談)

 

8歳でサンタクロースやペーターハンゼルを信じている倅の為、昨夜、夫が帰宅してから一芝居を打った。

子供達がベッドに横になっている時に、インターフォンを鳴らして、予めドアの前に置いていたアドヴェントカレンダーを取りに行かせた。

倅は興奮してハイテンションになっていた。

娘も一応合わせてくれた。

 

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倅はレゴブロックのハリーポッター。娘は脱出ゲームだ。実は少し前に、本人達が選んだんだよ。その後、私が家の何処かに隠し、夫が

「中身はペーターハンゼルが作るから、持っていった。12月になったら中身を入れて持ってきてくれる」

と真面目な顔で誤魔化していた。

 

それからチョコレートのアドヴェントカレンダーも用意した。

アドヴェントカレンダーをいつも開ける為、12月は子供が自主的に朝起きる期間かもしれない。

 

因みに、私のアドヴェントカレンダーの中身はこちら

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Dr.Hauschkaのアドヴェントカレンダー

基礎化粧品が入ってます♪

何が出てくるか楽しみ〜

 

夫には、こちら。

 

chiriyama-nikki.hatenadiary.com

 

 夫へのプレゼントは毎回難しい。

高いチョコレートより子供みたいなお菓子の方が好きなので、質より量で攻めてみた。

子供達と一緒に、袋に沢山の種類のお菓子を入れる。

 

かくして12月が幕を開けた。外は雪が降っている。初雪だ。

下校時まで雪が積もっていたら、裏庭で、雪遊びをしたいのだそうだ。

今年はできるかな。

 

 

 

学童を辞めました。

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失敗は成功の元

 

今年の10月に秋休みがあった。

その直前に学童の面談があり、夫と共に出席した。

嫌な予感がした。

この1年間、良い思い出ばかりではなかったからだ。

天敵のような男子とのトラブルが起こってはいたが、この子供がテコンドーを習い始めてから、少しずつ関係が良い方向に変わってきていた。

そのまま仲良く遊べる事も多くなっていたのだ。

 

しかし、倅の癇癪が時々あり、しかも学童から飛び出してしまったり、怒りに任せて、学童の備品を噛んだりして、先生もかなり困っていた。

 なので、私は給食後すぐに迎えに行くようにして、できるだけ先生の負担を減らす努力をした。謝罪と弁償も毎回行った。

やっと家庭訪問から解放された途端に、この状態になってしまった。

倅に理由を聞いたり、寄り添ったり諭したりもした。

 

コロナで分散登校をしていた時期でもあるから、それが子供に悪い影響だったのかもしれない。倅が荒れた理由は、早く家に帰りたかったから、だそうで、酷い苛めが遭って、荒れたわけではなさそうだった。

今は私が仕事をしていないので、対応も可能だが、仕事を持ってしまったらどうなってしまうのだろうか。

 

そんな事があったから、もしかしたら学童を追い出されるかもしれないという予感はあった。

夫にもその予感を伝え、もし学童側が難色を示したら、それを受け入れようと話した。

 

予感が的中し、倅はそこを去る形となった。

 

しかし、その時に例の療育園の元担任と同じタイプの先生の言及に怒りを覚えた。

・常に口に手をやるので、汚らしい。

・その手でベタベタ触るから、誰も倅君の傍には寄りたがらない。

・誰からも嫌われている。

・友達がいない。

・倅君の行動や言動を見るにつけ、発達障害の疑いがあるのではないか。(夫が話した筈なのに、伝わってなかったらしい)

・まず小児科病棟の療育系学童に行かせてみてはどうか。もしくはこの近くの療育系の学童に行く為に社会福祉事務所に申請を行ってみてはどうか。

 

そんな事を言われた。

発達障害云々については、どうも話が伝わっていなかったようだ。社会福祉事務所への申請を提案された時点で、夫が即断った。

学童側からしたら、すぐに辞めさせるつもりはなかったようで、お別れ会の準備をするとか言い出したから、丁寧に断った。

「それでは子供が可哀想だ」

と言われたが、

「何が可哀想なんですか。うちの子は嫌われていて友達がいないんでしょう?だったら、そんな事をする必要なんてないんじゃないんですか?」

と言い返した。

そんな事を言われてまで、お別れ会で我が子を嫌っているという子供達へのプレゼントを用意するほど、できた親では私はない。

「では今から荷物をまとめます。今迄お世話になりました。それとうちの子にも友達はいますので、そのような言い方はしないで頂きたい」

と挨拶をして終わった。20分程の面談だった。

 

私達の判断が良かったのか悪かったのかは分からないが、コロナが落ち着いて習い事ができるようになったら、習い事を増やしても良いかもしれない。

もう仕事を諦めて、とことんまで倅に寄り添ってやれば良い。

それにしても、発達障害を指摘するのは良いとしても、人の子供が嫌われているとか、よくそんな事を言ってくれたものだ。こういうのって、普通に面談で言うものなのだろうか?

 

廊下のロッカーにあった倅の荷物と、壁に貼ってあった倅のフォトフレーム入りの顔写真(学童が覚えの為に撮影した)をフレームから取り出し持って帰った。

その後、倅を学校前で待ち伏せた。

倅は私を見ると目を丸くした。でも嬉しそうだった。

開口一発、

「学童、辞めたから。今日から行かなくて良いよ」

と言ったら、驚いていたが、安心しきった顔をした。

 

後に聞いてみると、自分はいない方がこの学童にとって良いのではないかと思っていたらしい。親として、これはかなり切ない。

私が迎えに行くと、大抵は誰かと一緒に座っていたり、遊んでいたりしていたのは幻だったのだろうか。同じクラスで一緒の学童に行っている女子の1人は、倅の隣に座り、「私は貴方が好きだ」と言ってくれたり、学校渋りをしていた倅に、「またヘリコプターママの息子君が苛めたの? 一緒に教室に入ろう」と手を差し伸べてくれる子だっている。

30人以上子供がいると、喧騒もあって、先生もわけがわからなくなるのだろう。

そこは先生に同情するが、だからと言って、嫌われているは、余計な言葉ではないだろうか。

 

さて、学童を去った理由を倅には言わなかった。

同じクラスにも、その学童に通っている子供もいるのに、彼等からは何もコメントがないらしい。最初から倅は行っていなかったような、そんな扱いになっているらしい。

「どうして来なくなったの?」

と言われる方が気分的にはマシだ。

 

今、倅は家で昼ご飯を食べ、宿題をして過ごしている。

面談で、フォークやスプーンと手で食べるのを指摘され、これは家でも気になっていたので、こちらもご褒美制にしてみた。もし手を使わずに綺麗に食べれたら、15分間テレビを観ても良いとしてみたら、今は綺麗に食べれるようになった。

学童にいた頃にもこれを実践すれば良かったのかな。

もう終わった事だから、どうでも良いや。

 

 

 

第一アドヴェント 

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今日は第一アドヴェントなので、アドヴェントクランツに火をつけた。

アドヴェントとは、キリストが誕生する12月24日までの4週間を待ち望む期間の事だ。

イースターと同じで、アドヴェントの始まりも年によって変わってくるが、聖アンデレの日である11月30日に1番近い日曜日を第一アドヴェントとする。

 

日曜日毎にアドヴェントクランツに火を灯すのだが、うちは大体これで喧嘩になるw

アドヴェントクランツには4つの蝋燭が立てられていて、1週間目は1つだけ、2週間目は2つの蝋燭に火を灯すようになる。

クリスマスが近くなると、4つとも蝋燭に火が灯る。いよいよキリストが誕生が近くなるってわけだ。

 

娘が小学校の頃は、蝋燭を持ってこいという指示が学校からあった。

アドヴェントの意味を教えると共に、その日に1人だけ、選ばれた子供が火をつけるのを許されていた。

低学年などはまだ火をつけた事がない子供もいて、怖がって泣く子もいたらしい。そういう場合は無理強いせずに、他の子供が代わりに火をつける。

 

これと同じでアドヴェントカレンダーも、24の数字をそれぞれ開ける人を決めて、開けたらプレゼントがもらえるようになっていた。

アドヴェントカレンダーの中身は、親が用意する。

昨年度は誰が自分のプレゼントを開けるか分からないようになっていた。大体2ユーロくらいの文具品を包んでおくのが無難だ。

今年は担任の提案で、自分の子供にあげるように、それぞれプレゼントを用意した。

因みに今年度のプレゼントは万年筆だ。

倅が左利きなので、左利き用の万年筆を購入して、先生に渡した。

 

本当なら、12月中に保護者も一緒になって、クリスマス会を開くようになるのだが、今年はコロナで中止となった。

それでも子供達には可能な限り、クリスマスに因んだ行事をクラス単位で行うそうなので、小学校の担任の努力に脱帽する。

 

さて、アドヴェントでは、クッキーなんかも焼いて食べる。

うちはもう、シナモン入りの林檎ケーキにした。

 

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倅と2人で作った林檎ケーキ。

なかなか美味だった。

 

 

 

 

Stollen

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日本にはお歳暮という習慣がある。

ドイツにも似たようなものがあるのか、師走の時期に、友達から手作りジャムやリキュールが贈られる事がある。

夫はこの時期は必ずシュトレンを買って、お世話になった人達に贈っている。私も日本の家族や親戚に毎年送っている。

 

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Stollen

出典: Emil Reiman

シュトレンは、クリスマスが始まる前のアドベンドから食べるお菓子だ。

沢山のドライフルーツが入っていて、しかもずっしりとした生地で重たい。シュトレンが生まれた地域では、これをイースターまで食べ続けていたというから驚きだ。

クリスマス前に食べるシュトレンは、また中身が少し変わっている。

それぞれの家でレシピがあり、それを毎年家で作ったり、職人さんのところに持っていって作ってもらったりしたらしい。食べられる時期からなんとなく、日本のおせち料理を彷彿とさせるが、おせちの意味合いとはまた違う。シュトレンは14世紀に司教に贈ったものが発端とされる。

 

さて今年も大きな箱2個分のシュトレンが届いた。

狭い我が家が更に狭くなった。

しかし今年はそんな事に悲観はしない。

箱を中央に置いたら、その周りを踊れるんじゃないか!

というわけで、子供達と3人でインデイアンの祈りの儀式ごっこをして遊んでしまった。

お向かいの家の人が、偶然見ていたら、あそこのアジア人は何をやっとるんじゃと怪しむかもしれないが、そんな事は知ったこっちゃない。

 

余談だが。

シュトレンはザクセン州ドレスデンが産地とされているが、このザクセン州で生まれた人気作家にカール・マイがいる。

 

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Karl May (1907  撮影:Erwin Raupp)

出典:Wikipedia

 

彼は冒険小説でアメリカの開拓時代、つまりはインデイアンの物語を書き、人気を博した。彼の作品は映画化され、これがかなり流行した。今でも野外舞台で演じられている。夫は全巻を揃えている。

 

貧困で育ったというカール・マイだが、彼もシュトレンを食べたのだろうか。

今では贅沢な食べ物の1つとなっているが、各家庭で作られていたシュトレンに想いを馳せてみるのも悪くない。

 

 

バイリンガルは一日にして成らず

最近は、日本でも沢山の外国人やハーフが生活していますね。

久々に帰国した時、都会に住んでいる友達を訪ねたら、コンビニの店員が外国人だったので驚いた。うちの実家付近でも、外国人観光客をよく見かけるようになった。それでか、標識も日本語、英語、中国語、韓国語となっていて、自分が更に浦島花子になった気分がした。

 

ドイツに住むようになってから、やたら長い年月が過ぎた。

勘違いされる人も多いのだが、語学は一朝一夕には出来ない。ただドイツにいるだけではドイツ語が上達するわけではない。

今はコロナ禍でステイホームばかりだし、ドイツ語を使う機会が余計に少なくなっているので、すぐにドイツ語が出てこなくなってきて、焦る事も多い。

 

子供達が外国にいながら日本語を習得するのも、毎週末に日本語補習校に通っているからできるんだと勘違いする人が多いが、それは絶対に違う。

確かに、その時だけでも無理矢理日本語を話すようになるし、宿題も出るから、日本語に触れる機会があるかもしれない。行かないよりは行った方がマシかもしれないが、やはり家庭学習が大半を占めているのではないかと思っている。補習校は、あくまでも家庭学習の補習に過ぎないのだ。

 

子供達とは家では100%日本語で話す。(夫とはドイツ語で交流する)

最近、倅はドラえもんが大好きで、毎朝必ずドラえもんの動画を見て登校している。

倅はドラマでも映画でもアニメでも何でも付き合ってくれるので、一緒に観る事が多い。

鬼滅の刃や半沢直樹だって一緒に観た。

まだ進撃の巨人は観せていないが、早く一緒に観て、熱く感想を語る日が来るのを待ち望んでいる。

※※その代わり、私が毎月最新話を熱く語るので、子供達は観てない癖によく知っている。

 

娘は、日本の動画や映画やドラマは殆ど観なくなってしまった。

彼女は映画やドラマそのものが好きではないので、テレビも滅多に観ない。

その代わり、ドイツ語や英語の動画をよく見ているし、第一、彼女は読書家だ。残念ながら日本の本は教科書くらいしか読まないが、彼女が好きなアニメを時々一緒に見る。

あと紙の辞書を引くのも早い。

うちには辞書の類が古いが結構揃っている。

 

兄弟間もうちはほぼ100%日本語となるが、こういう家庭は少々珍しいようで、よく驚かれる。

兄弟間の共通言語の違いで、子供(特に二番目の子供)の語学力が変わってくると思う。

大抵の親は、長子には頑張って母国語で話したり習わせたりするが、第二子からは適当になっていく。そうなると、子供が話す現地語を直そうともせずにいるから、子供が

「お母さんとも現地語で話して良いんだ」

と認識してしまい、終いには、親が日本語で話しかけたのを子供はドイツ語で答えるという構図が出来上がってしまうのだ。

 

我が家の場合は、娘が倅に

「遊ぶ時は日本語にしよう」

と提案したので、倅は日本語を維持できたように思う。

あとは絶対に一文の中に多言語を混ぜないようにしてきた。例えば、

「Milch(牛乳)を取って」

ときたら

「Milchは日本語で何て言うの?」

と質問して、その場その時に、すぐに訂正させる。そうでないと、定着しないからだ。

私でもMilchが牛乳だと分かるし、その方が会話の流れを壊さないから、聞き流す方が本当は楽なのだが、それだと子供はドイツ語が分からない祖母にも、牛乳をMilchと言うようになる。

それを避ける為には、親の日々の努力の積み重ねが大事となってくるのだ。

 

ある程度、日本語ができるようになっても、これだけは聴覚の発達が大幅を占めていると痛感するものがある。

発音だ。

とても上手い日本語でも、発音に若干外国訛りがあると、どうしても違和感を覚えてしまうものだ。

絶対音感がある人は、やはり発音も綺麗だ。

 

あとこちらも不思議だが、親から関西弁をしっかり受け継いでいるハーフのお子さんが結構多い。

それこそ妊娠中から、御国言葉を浴びせているのに、子供達は何故か標準日本語で話すから、親子で関西弁を話す彼等がちょっと羨ましい。

何がどう違うのかは分からないが、関西弁は何処でも最強なんだなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャイアン君の話

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補習校の宿題で書いた作文 2020年11月18日

さて現地校2年生になった今、3つの環境の変化が倅の身に起きた。

それを順番に書いていこうと思う。

 

以前、クラスメートで1人で、ヘリコプターママの息子から倅を守ってくれた男子の話を書いたと思う。

 

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 この子の風貌から親愛を込めてジャイアン君と名付ける事にする。

※※実際は、あんなに乱暴ではありません。


 

ジャイアン君がいなくなってしまった。

 

コロナ禍の為、初夏から夏休み迄の期間、子供達は2つのグループに分けられ、登校していた。

ジャイアン君も倅も、そしてヘリコプターママの息子も同じグループだった。夏休みに入る前日に、担任から

「ジャイアン君は2年生になったら、別のクラスに行く」

と子供達に言い渡されたらしい。

それを9月の新学期に入る直前に私は倅から聞いて、かなり驚いた。

 

この少年はほぼ1学期間、隣がいない状態で、いつも1人で席に座っていた。

倅と同様、ヘリコプターママの息子とも折り合いが悪かったようで、私や夫が倅と登下校を共にしていた時には、大抵、トラブルがあり、腕力が強いから、いつもヘリコプターママの息子の方がのされているのを見ていた。

例えば、このヘリコプターママの息子が倅にやったように、自分をさも被害者にして、ジャイアン君が最初に叩いた、というふうに担任に訴えるとどうだろうか。

学校にとっては、大きく力の強い彼の方が乱暴者に映るかもしれない。

 

しかし、私達は、このある意味『子供らしい』彼がとても好きで、登校中に会うと、必ず挨拶して声をかけていた。

 

確かに、ドイツでは、クラスに合わないと担任が判断した場合は、違うクラスに行かされる。

娘の時も、そういう子供がクラスにいた。

それでも倅とは仲良しだったのだから、休み時間にでも一緒に遊べば良いんじゃないと、寂しがる倅に話していたが、彼の姿は、夏休みに入る前日の登校以来、見ていない。

恐らく、転校してしまったのだろう。時々、近所で見かけていた母親もいなくなっていた。

 

1年生の時、クラスで作った緊急ワッツアップに別れの挨拶を残していった人がいる。この人の場合は、子供をスキップさせて2年生に行かせるようになった為だった。

そういう、ちょっぴり誇らしい?事とは別に、急に別れを告げる子供の場合は、静かに去っていく。

他の親も何も言わない。

というか、本当にこの子供がそこで一緒に勉強をしていたのかとすら思う程、その存在自体が消えてしまうのだ。

 

この薄気味悪さを、今度は私達が別の場所で経験をする事となる。

 

最終面談

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避難訓練の命懸け

2019年12月19日、8時半から、社会福祉事務所の新しい所長と家庭訪問員を交えての最終面談があった。

夫は終始硬い表情だった。

家庭訪問員がまず報告をし、学童で社会性に乏しい事を指摘されたのを受け、病院で社会性を身に付ける小グループでのセラピーがあるから、それをやってみたらどうかと勧めたが、どうやらこれもまた件(くだん)の社会福祉事務所が絡んでくるようなので、夫が簡潔に断っていた。

 

とにかく社会福祉事務所はこりごりなのだ。

 

確かに家庭訪問員は良い人で、訪問中も悪い事は何もなかったのだが、かなり精神的に参っていた時期であり、長期間トラウマを引きずり、鬱がよく出たのも事実だ。

 

最後に夫が、今後こういう事が他でも起こらないようにしてほしいと訴えていた。

療育園のたった1人の新米の若い保育士の妄想を鵜呑みにして、他の場所で話を聞こうともせずに強引に話を進めようとした罪は重い。

 

何処まで夫の訴えを真摯に受け止めたかは分からないが、取り敢えず、事が済んだから(家庭訪問が終わったから)良かったとでも思っているのだろうか。

私達は訴えるつもりはないが、こうやって他人が勝手に土足で人の家に入って来るのを、これ以上望みたくない。夫は特にそれが苦痛だったのかもしれない。

 

ともあれ、終わった。

終わってみて思うのは、こうでもしないと、私達では投薬も加配も外す事はできなかったかもしれない。

このままずっと病院や社会福祉事務所が介入する限り、この問題が出てくるだろうから。

それを少々手荒い真似でしか断ち切る事が出来なかったのかもしれない。事実、今はもう断ち切れたように思えるからだ。

 

当然、倅の近況報告に、夫はこれからも病院の先生とコンタクトを持つだろうし、私も神経を使って、学校や学童とコンタクトを持つとは思うが、あの時、腹の気持ちを信じて良かったなと今は心から思うのだ。

 

余談だが。

12月に入って直ぐに、お世話になった小児科病棟の先生と病院管轄の社会福祉事務所の所長と面談を持った。

日本の土産を持って行き、写真も見せた。

それから当然、家庭訪問の話になり、学校での話や学童での話にもなった。学校でも学童でも加配は必要なさそうで、しかも投薬も要らないような感じだ。できれば様子見でいってほしい。3か月か半年に一度報告をさせてもらえないかと夫が話した。

先生曰く、本当は年齢的に倅は診断する対象ではないらしいが、それでも申し出があるなら、しても構わないと言われた。

所長の提案もあり、結局は様子見となった。

 

その後、おねしょの話になり、夫が夜中に起こすと話すと、それは止めた方が良いと指摘された。ほらね、私が言ったでしょうが。

ご褒美作戦はどうかと提案され、こんなの上手くいくかなあ、だって無意識におねしょをするのにと思っていたが、効果覿面だった。

今は、殆ど布団を濡らす事がなくなった。

※※1年後の現在は、1日、おねしょをしなかったら、15分間のオンラインゲーム、1週間連続でしなかった場合は、30分のオンラインゲームとしてみている。1ヶ月連続は、まだ達成できていないが、長い目で見守っていこうと思っている。

 

もう一点。

あれ程書類を送りつけてくるのが好きな国なのに、この件に関しては、1年経った今でも終了したという知らせの書類は送ってきていない。

 

ここで一旦、このお話は終了とする。

長きに渡り、昨年、私達の身に起こった出来事を読んで下さり、ありがとうございました。

 

次回からは、現在の倅の日常生活、または何らかのテーマに沿って紹介していくので、皆様、生温かく見守ってやって下さい。

 

 

 

ギネスブック2014

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倅が学校の図書室で、2014年版のギネスブックを借りてきた。

何人かの男子と一緒に、違う年版を選んで借りたそうで、そういう交流が持てれるようになったのかと、嬉しくなった。

 

さて帰宅後に、一緒に見ていたら、本当に色々な人がいるもので感心してしまった。

日本人はご長寿でギネスに載っていた。素敵な笑顔のご老人に、心がほっこりしてしまった。

自分の国が良い事で1番になるのは嬉しいものだ。

 

ページを読み進めていくと、見たことのある顔が出てきた。

「トマトケチャップ早飲み世界一だって。へー、なんかこの人、テレビに出ているベニーみたい」

と言って、よく見たら、ご本人ではないか。

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Benedikt Weber  

出典:Bild

子供番組で司会とかチャレンジ物の番組で体を張って、色々挑戦している人だった。

 

ベネデイクトことベニーは、高学歴者なんだよね。

本当なら、法律家にだってなれるくらい良い成績で大学を卒業したのだけど、もっと楽しい事がしたいからテレビ局に就職したんだそうな。

実際、彼は色々な事に挑戦してて、世界で1番、時間内に握手したとか、とにかくまあ、楽しそうではある。

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Benedikt Weberと相棒のWoozle Goozle  

出典:Hörzu

ドイツの子供番組のお兄さんの中では、爽やかな好青年タイプだし、喋りが上手いので、私も子供達と一緒によく観ているからか、つい身近に感じてしまっているが、よく考えてみたら、あちらは私達の事を知らないんだった。

いずれにせよ、知ってる人が本に載るって、不思議な気持ちになるものだね。

 

 

学童面談にて

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さて、学童面談当日。

今日はとても長い一日だった。

仕事で早朝から出ていて、午後からは学童の面談に家庭訪問員がついてくるので、夫がその旨学童に伝えて(なんか、手続き?みたいなのが要るんだってね。知らなかった)、それから色々話が始まり、、

 

学校でもコミュニケートの問題があるのは確かではあるが、まだ時間割に沿っているのと、担任がかなりしっかり見てくれている印象があるから、それ程心配はしていない。

療育園での様子から、寧ろ問題は自由時間が多い学童の方と思っていて、それで療育系の学童を、加配と同時に申し込みもしていたのだ。

この療育系学童も加配と同様に社会福祉事務所に申請しないといけないらしく。

療育園の担任により、現在の事件が起こりはしたものの、その後、今の学童からの受け入れ許可が下り、もう療育系はこりごりになってしまい、結局療育系学童の申請を取り消した経緯がある。

 

その代わり、子供の様子を見て、辞める辞めないを決めようと夫と話した。

夫は学校より寧ろ学童の方が、社会性を身につけるという点では重きに置いているから、辞めさせたくはないらしいが。。

 

先生と話したが、夫的には、そんなに悲観する事ではなさそう。

うーん、、、そうなんだろうか。

1人、療育園の担任と似たタイプの先生がいて、その人がかなりネガテイブな発言をしていた。

家庭訪問員とも少し話したが、彼女も私と似たような気持ちを抱いたようで、先日の学校での評価と異なりすぎるので、私を気遣ってくれた。

 

よく知らなかったのだけど、夫は一連の話も学童の先生に話していたとかで、うーん、でも彼女は知ってるような知らないような??感じだった。

それは家庭訪問員も同じように思ったみたいで、私に聞いてきた。

そして敢えて、倅の特性を話さずに、ただ聞くだけにしたと言っていた。(この辺、よく状況を心得ているわ。感心してしまった)

 

帰りに夫が珈琲を招待した時に、私からも家庭訪問員にお別れのプレゼントをあげたら喜んでいた。

よくメモ書きしているから、ノートとチョコ。ノートは娘が、チョコは倅が選んだ。私は折り紙で雪の結晶を作って、それも入れておいた。

なんだかんだ言って、良い人ではあった。色々アドバイスが聞けて、自分にも少し自信が持て、子供達とも遊んでくれたしね。仕事とはいえ、やっぱり大変だと思うし感謝はしているのだ。

 

最近の倅はこちらがカチンとくるような言葉や、暴言を吐いたりする。

一体何処でそんな言葉を覚えたんだろうと思うような事も平気で言うし、何の脈略もなく、驚くような事(悪い意味で)をやってみたりする。

それは家庭だけでなく、外でもちょくちょくあるようで。。

物凄い仲良しではないけど、一応遊ぶ友達はいるようで、でも一人で遊ぶのも好きらしい。

ここでも男子より女子との方が仲良くなりやすいらしい。

 

学童で犬猿の仲の男子が、今日は夫に「倅君が僕を叩くんだ」と言ったそうで、、いや、その子供、私にも、自分の友達の親にも倅の悪口を言いふらしてたよ。。。

でも夫は知らないから、倅を叱ったらしいが、、、

それで夫は、ひょっとしたら倅が暴君みたいに振る舞っているのではないかと思ったらしい。

結局、学童の先生から「それは絶対ない」と即否定されていた。

私もそう思う。

倅の性格はそんなんじゃないから。。

 

さて家路に着くと、倅がとにかく「疲れた」を連発し、愚図ってきた。

まあ、長い一日だったものね。

何がしんどいのか本人も分からないらしく、痛いとかしんどいとか、、でも何処がとか、はっきりしていなくて、寝るまでずっと傍にいて背中をさすってあげた。

コップに半分の水

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皆さん、こんな質問をされたら、どう答えますか?

 

「コップに水が半分あります。まだ半分あると答えるか、それとも、もう半分しかないと答えるか」

 

「まだ半分ある」と答える人は楽観主義思想を持っていて、「もう半分しかない」と答える人は悲観主義思想となるのだそうだ。

 

小規模ロックダウンから子供の分散登校が始まり、子供達は勉強詰めの毎日だ。

大学以外でも、オンライン授業を導入する学校も出てきている。

にも関わらず、試験は普通にある。

 

ドイツは愚痴っぽく自己肯定感が低い人が多いそうだ。

大体ドイツ語からして、イタリア語やフランス語に英語に比べると、堅そうだもんな。

濁点が多いから余計に気難しく聞こえる。

 

娘の友達に生真面目な人がいるらしい。

娘が3(普通)で大喜びしている隣で、少し間違えたりしただけで、すぐに6 (最低)だと思い込み、凹んでしまうらしい。実際は1(最高)だったのにも関わらずだ。

テストを返してもらうのも、悲喜こもごもである。

 

まあ、得意分野とそうでない分野があるから。

フランス語は娘にとっては不得意分野なので、これが亀の歩みで着実な一歩だと信じたい。

 

楽観主義な娘は、確かに人生が楽しそうに見える。

あまりに軽く受け止めているように見える為、父親である夫に叱られてしまうが、私はそれで良いとすら思っている。

悲観ばかりしていたら身が持たないじゃん。

まあ、楽観的すぎるのも、周りからイラッとされてしまうのかしら。

結局、何事もホドホドが良いって事かな。

 

 

 

 

 

 

学校での面談

 

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兄弟喧嘩だけがスキンシップではない。

 

さて12月9日の13時に、家庭訪問員を交えて、倅の担任の先生と面談をした。

その時詳しく話が聞けたのだが、安堵するものばかりで内心ホッとした。

学校での様子は、始めは戸惑っていた倅だが、今ではクラスからも「ちょっと変わってる子」として受け入れられているという。

問題があったヘリコプターママの息子とは、その後、揉め事はあるにせよ、大事(おおごと)にはなっていないらしい。

私や担任がいつも言っている「やられたら、即先生に話す」を実行しているのもあるからだと思う。

 

「やられたらやり返せ」

昔は私もそう言っていた。

しかし、実際やり返した時に、この少年が取った行動は、やり返した倅が始めにやったと嘘の告げ口をしたのだ。そういう子供には、正々堂々という言葉は通じない。だから「やられたら即先生に話す」と言うようになった。

先生に直ぐに言う事で、「こいつにはしない方が良い」とその内、馬鹿でも気付くようになると願いたい。子供同士の喧嘩であっても、時代が変われば対処法も変わる。

残念ながら、子供同士で解決する問題が少なくなってきている。モンペが多いというのもある。先生の立場が弱くなっているというのもある。

 

話は戻るが、倅が現在隣に座ってる女子は大人しいタイプで、ちょいちょい倅の面倒を見てくれてるようだ。男子より女子との方が気が合うみたい。特定の仲良しはいないが、それでも休み時間に一緒に遊ぶ子供達もいるようだと教えてもらい、嬉しかった。

 

倅の言葉が、たまによく分からなかったりする。言語セラピーを提案された。幼稚園・療育園時代には行ってたのだけどね。

しかしアルファベットや計算なんかは問題なし。宿題も問題なし。

もっと丁寧な字を書いた方が良い。(これが現段階の課題)

時々宿題の提出を忘れる。

 

先生が席替えをさせるのは、案の定、どの子供との相性がそれぞれ良いのか見極める為だった。

そういえば、娘も仲良しと隣になった時は、喋り過ぎて気が散ってしまい、学力が下がってしまい、仲良しの親から注文があり、娘とは一緒に座らせなかったっけ。

 

倅の特質で、距離感が上手く掴めないというのもある。

今きっと倅はそれを身を持って体験している最中だから、大人は温かく見守っていく必要がある。

担任は、例の一件を校長から聞き、加配についての用意もされていた人なので、その辺は充分心得ているように見受けられた。

結果、加配も投薬も現段階では要らないと言ってもらえ、本当に嬉しかった。

あとは明日の学童の面談だ・・・。