今日は随分歩いた。
日頃の運動不足が祟るな。
もうすぐ引っ越しとなるのだが(しつこく書いてすみません。多分、また書きます。)、その前に、実は何年も前から、この近辺の家を見て回っていた。子供が小さい内なら引っ越しも容易いだろうが、学校へ行くようになると、そうもいかない。極力、同じ学区で、そして通い慣れているアパートから近い所と考えて探していた。
流石にそうなると、なかなか見つからない。
中古物件だと何かが足りなくて、夫や私の意見が割れやすかった。
新しく建てる事も考えたが、それもしっくりこなかった。
今回、引っ越しが可能となったきっかけは、いつもならば持ち上がりとなる小学校のクラス編成も次年度から子供の増加に伴い、もう1クラス増やす事になり、倅と数人の子供が新しいクラスに行く事になり、3年時から担任もクラスも変わるのなら、転校するのも多少の罪悪感が薄れたのもある。
思い切って、新居探しの範囲を広げると、自分達に合う条件の家が中古物件で見つけやすくなり、結局、隣の学区に移る事になった。決まる時はとんとん拍子で決まるもので、今日に至る。
本格的な引っ越しとなるまでは、夫と私とで送迎をしていて、現在の我が家から倅の新しい学校までの約3km程の道のりを、健康がてら徒歩で迎えに行っている。(倅と帰る時は、路面電車とバスの乗り継ぎですー)
その道で、偶然、3年ほど前に内見に行った場所の近くまで通った。
そうだ、この辺りだった。確か、ここを曲がって、、、と記憶を辿っていくと、その家はあった。
持ち主は既に変わっていたが、3年前と同じ風貌だった。
実はこの家ともう一軒、同時期に見た家があり、どちらが良いか迷った挙句、こちらの方を選んだ。しかし、結局縁がなかった。
それから暫くは、どうして別の家を選ばなかったのか、自分の迷いを呪った。
今日、見た時には、なんだ、迷って決める程のものではないじゃないかと思っている自分に驚いた。ここから学校までちゃんと通えるだろうかとか、同じ学区で大した距離ではないのに、そんな風に妙に心配して、ここでなくても良い言い訳を考えていた。
隣の学区まで通っている現状を見ると、どうしてそんな事で悩んでいたのか呆れてしまう。
ドイツには「腹の気持ち」というような言葉があり、つまりは頭ではなく自分の気持ちというか心の声とでもいうようなものなのだと思うが、迷った時には、自分の腹の気持ちに従った方が良いというのだ。その方が後悔が少ないと。
なかなか決まらなかったり、周囲が反対する中を押し切って無理矢理強行してしまうと、きっと後で後悔してしまうのではないか。
全てのものに縁があるのなら、その縁がやってくるまで、今ある現実を真摯に受け止めながらじっくり待つのも得策かと思う。
決まる時は、まるで不思議なものに引っ張られるように、もしくは押されるように、その流れにいくようになる。多分それは一生を左右する出来事、例えば、結婚や就職、進路等で経験する人もいるのではないだろうか。
うまく言えないけれど、少なくとも自分の人生は、そんな感じだ。
倅の小学校は今日から普通授業となるので、1時間半程遅く迎えに行けれた。
その前に近所を散策してみると、川辺に辿り着いた。
川は長く、春先に白鳥達がいた私達のアパート付近に続いているが、この景色は見た事がなかった。今はまだ見慣れない景色も、その内慣れていって、散歩コースになっていくのだろう。
更に、すぐ近くにボルダリングができる場所まであった。
残念ながら、赤白のテープが貼られて立ち入り禁止になっているが、テープがなくなったら、また子供達を連れてボルダリングをしてみようかな。