倅が生まれる少し前の話だ。
当時4歳だった娘は、約3ヶ月間、倅が生まれる前まで夫と共に単身赴任に同行していた。私が切迫早産になりかけ、しょっちゅう娘と一緒にタクシーで病院に行っていたからだ。
病院の方針で、母子同室で泊まる事ができなかったので、結局、トンボ帰りをするのがオチだったが、夫は不在だし、義母も遠方にいたので、自分でどうにかするしかなかった。
友達が預かってくれたりもしたが、最終的には、夫の当時の赴任先の間借りしていた家の大家さんが近所の幼稚園に掛け合ってくれ、更に出産まで、娘を預かっても良いとすら提案され、私達はそれに甘んじる事にした。今でも、この大家さんとは交流があり、時々、当時の話で盛り上がるのだ。娘にとってみれば、大家さん夫婦は、祖父母のような存在である。
そうやって、私達は2人目の出産を乗り越えてきた。
出産後は、娘もこちらに戻ってきて、一緒に暮らせるようになった。
娘が使っていたベッドを倅に明け渡し、彼女の為に新しいベッドを購入する為、家具屋をハシゴして廻った。家具屋でベッドを購入した時、
「今日はここ(家具屋)で寝なくて良いんだよね? もう何処にも行かなくても良いんだよね?」
と言われ、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
それから半年後、娘は紙に何やら絵を描いた。
絵の説明は、ドイツ語だったので、私はそれを大急ぎでドイツ語で書き留め、1冊の本にしてあげた。
その内容は下記の通りだった。(4歳児のそのままを直訳しているので、支離滅裂です。ご容赦下さい)
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ここは私のお家。
私はお母さんがドアを開けるのを待っている。
私はトンネルの方へ行った。
公園にはトンネルがあり、私はそこが大好き。
そこへお母さんがやってきた。
「どこにいたの? ずっと探してたんだよ」
私はトンネルに1人で行くの。だって面白いから!
翌日、もう一回そこに行くと、お日様が話しかけてきた。
「おはよう。別のトンネルを見せてあげるよ」
別のトンネルだ!やったー!!
夕方、お日様が言った。
「もう眠いから帰るね。また明日別のトンネルを見せてあげるね」
あらら びっくり!
トンネルをくぐると、私は大きな女の子になっちゃった!
他の子供がやってきて、自分もやりたいと言ってきた。
ここはお母さんのお腹の中。
私と弟はお腹の外に出る準備をしている。
お父さんは私達を待っている。
こんにちは 初めまして!
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なんとも不思議なお話だ。
弟が生まれて触発されたのだろうか。
小さなお子さんがいらっしゃる方は、尋ねてみた事がありますか?
お腹の中にいた時の記憶、更にはもっと前の記憶の、興味深い話が聞けるかもしれません。