さてヘリコプター親子の話をしたい。
毎回、何かしらあると、あちらから電話が入った。しかし、大抵は、喧嘩両成敗というか、子供同士、仲が悪いというだけのようで、一方的に自分の子が加害者でも被害者でもない。
しかし、先方は全くそれを理解できない様子だった。
彼女から電話があったら、常に学校に報告した。
いつも向こうから文句の電話がかかってくるので、その翌日は必ず学校に赴き、詳細を担任に尋ねた。こうする事で、言い分を客観的に見る事ができると思ったからだ。
事実を確認した上で、謝罪が必要と判断した場合は、きちんと頭を下げた。
そして倅には、「仲良くできないならば、距離を置け」と毎回話した。
コロナ禍で分散登校を一時期していた頃は、距離を置けていると思いきや、向こうが絡んできて、相手にしない努力をしている倅に対し、負け犬の遠吠えの如く、悪口を言っていたようだ。
倅が逃げた拍子に、開いていたランドセルから水筒が飛び出してしまい、それを拾わずに足で蹴って飲み口部分を壊された時には、流石の私もブチ切れた。
この子供は、倅の学童の上の階の学童に行っているので、そこに行って、直接本人に実物を見せて聞いてみた。すると正直に自分がやった。謝ったら倅君は許してくれた、と言っていた。
納得できなかったので、母親と遂に対峙した。
この母親は、この件について謝罪をし弁償すると言ってきた。別にそこまでして欲しいわけではなかったが、うちだけが一方的に責められるのは腑に落ちなかったので、実物を見せたのは良かったと思う。
それからドイツ語で延々、自分の息子を叱っていた。
彼女自身はトルコ移民の2世か3世だろう。トルコ訛りのドイツ語ではあるが、自分の子供にドイツ語で叱るあたり、(私の手前もあるかもだが)子供はトルコ語よりもドイツ語の方が強いのかもしれない。
色々な事を禁止させても、ちっとも良くならないと嘆いていた。
翌日になって、壊れた水筒は何処で買ったのか教えて欲しい。という連絡が入ったので、夫が
「そこまでする必要はない。男子ならこういう事はよくあるから」
と話し、取り敢えず、一件落着した。
ここで男親が登場するのも良かったかもしれない。
クレームではなく、弁償しなくても良い。お互い様なんだから。1年間妻から話を聞いて、学校にも連絡を取って様子を見てきたが、男の子という生き物は元来荒っぽいものなんだから、余り神経質になる必要もないのではないかと夫が毅然とした態度で出たのもあり、向こうはたじろいでいた。
もしあの時、私と倅に会わなかったら、絶対に自分の息子が他の子供に何をしたのか知らなかったのではないか。
逆の立場だったら、絶対に確実にこちらに弁償させるように電話してくる筈だろうし。
また、こちらが
「そちらから電話があった時は、常に担任に報告して、真実はどうなのか聞いている」
と話した事で、彼女は相当度肝を抜いたようだった。
後になって、
「これは親同士で解決したから、学校に連絡する必要はない」
と言ってきた。
まさかそんな事を私達がしていたとは思いもよらなかったのだろう。
担任も私達から、ヘリコプターママが言っている事が事実なのかを尋ねてきたとは話していなかったようだ。つまり、自分の息子は常に被害者で、うちの倅が加害者だという構図が、彼女の中には出来上がっていたのかもしれない。
しかし、そんな親の思いとは裏腹に、子供は相変わらず、絡んできていた。
それで私は倅に提案をしてみた。
「ヘリコプターママの息子の幸せを祈ってみようよ」
倅は目を丸くして、
「そんな事をしたら、仲良しになってしまうよ」
と言うから、それで良いんだよと話した。
「お母さんは、ヘリコプターママの幸せを祈るよ。そうしたら、喧嘩ではなくて戯れ合いに変わって、倅君も彼もきっと過ごしやすくなるんじゃないかな」
倅は少し考えていたが、それから頷いた。
人を嫌うことより、好きになる方が難しい。
嫌いな人の幸せを祈るより、不幸を願う方が、余程簡単であろう。
しかし、それでは解決にならない。
相手は自分の鏡ならば、自分が変われば、人も変わるのではないか。
綺麗事だと笑われるかもしれないが、倅と私は、その日から本気で、この親子の幸せを祈った。
言霊というのが日本にはある。
毎日一回、必ず声に出して「ヘリコプター親子が幸せになる」と2人で言った。
その結果、今では休み時間に大きなトラブルもなく、遊べるようになってきた。
更には他の子供達とも一緒にサッカーをしたり、図書室でシリーズ物の本を借りたりもできるようになった。
勿論、新学期が始まった当初は問題があった。倅も
「お前がやったら、倍返しにしてやるぞ」
と半沢直樹ばりに威嚇したり、
「どうして僕に絡むんだ? 君のお母さんは、仲良くできないなら、距離を置けって言わなかった?」
と冷静に応戦もした。
元担任が育児休暇に入り、代行教師がそのまま担任になった時に、まだ絡んでくるようだったので、倅から頼まれたのもあり、ヘリコプターママの息子の名前を告げずに、
「どうも相性が悪い男子が1人いるようだ。休み時間に、こういう事をされたらしい」
と話したのも良かったのかもしれない。先生が見た時に、ガツンと注意をしてくれたようだ。
倅は元来、1人でいる事に孤独を感じていないので、今でも時々1人で遊んでいるようだが、喧嘩になるよりはマシだと、自分自身が判断しているようだ。
私も娘も、ぼっちが大好きだから、貴方が寂しくないなら、それで良いよ。と話している。
私が子供達に望むのは、1つでも多くの居場所があること。1人でも多くの味方がいる事だ。
友達は今は必要ない。
子供のペースで、きっと何処かで必ず、自分に合った本当の友達ができるだろうから焦る必要はない。
それまでは、居心地の良い場所が1つでも多くあって欲しいし、1人でも多くの人が子供の味方になって欲しいのだ。